宗教改革・ルネサンス・近代科学による、キリスト教の衰退化

人類史上、最も大きな影響力を及ぼしてきた宗教はキリスト教です。そのキリスト教の中には、地球上の宗教が抱えるあらゆる問題が凝縮して存在しています。キリスト教は、近世に至るまで西欧世界を絶対権力をもって支配してきました。16世紀に入った頃からキリスト教世界に大きな事件が発生し、それまでのキリスト教の権力が根幹から揺らぐようになりました。それが「ルネサンス」と「宗教改革」です。

宗教改革は、カトリック教会のもとに統一されていたヨーロッパ文化圏を、新旧の“二大宗教勢力”に分けることになりました。カトリック教会・東方教会と並ぶ第三の宗教勢力として、新教（プロテスタント）が成立したのです。新教は、ローマ・カトリック教会の権威からの離脱を目指してヨーロッパ各地で「宗教改革」の熱狂的な嵐を巻き起こしました。その結果、約100年にもわたって“宗教戦争”が続くことになりました。

一方、ルネサンスは、それまでの神中心・信仰重視の世界に「人間中心・理性重視」の思考法と価値観をもたらし、それがキリスト教の世俗化（宗教離れ）を進めていくきっかけとなりました。また宗教を離れた観点から世界を説明する新しい哲学や思想が生まれ、18世紀には「啓蒙主義思想」によって世俗化の傾向がさらに推し進められることになりました。世俗化は「政教分離（国家と教会・政治と宗教の分離）」として表面化し、これによって人々は信教の自由を獲得することになりました。非キリスト教の啓蒙主義思想が一世を風靡した後には、教会の教えに対して自由な批判や攻撃さえも可能になりました。こうして西欧における人間生活の諸分野の宗教離れが急速に進行し、キリスト教はもはや社会全体を覆うものではなくなっていきました。当然、キリスト教サイドからは何とか勢力を取り戻そうとの抵抗・努力がなされましたが、近世以来の世俗化・衰退の大勢は抗しがたいものとなりました。

18世紀後半から顕著になった近代科学の進歩は、新旧のキリスト教双方に大きな打撃を与えることになりました。自然科学の合理的・機械論的な世界解釈は、神による世界の支配を説くキリスト教の信仰を根底から揺るがしたばかりでなく、キリスト教の存在それ自体をも迷信として否定する“唯物論的風潮”を拡大させることになりました。宗教改革は、新旧というキリスト教内部の対立・抗争を引き起こし世俗化という衝撃をもたらしましたが、近代科学による唯物論的攻撃は、さらに決定的とも言える深刻な打撃を与えることになったのです。

“神秘主義”の復活と展開

キリスト教の衰退化は、それまで絶対的な権力のもとで抑えられ、異端のレッテルを貼られ迫害され続けてきた“シャーマニズム”や“神秘主義”にとっては、表舞台に再登場するチャンスの到来を意味します。中世を通じてキリスト教のドグマと組織権力のもとで抑圧されてきたさまざまな神秘主義やオカルティズムが、近世において復活することになりました。中世では厳しく否定されてきた異教の神秘学や信仰（＊オリエント神秘主義・エジプト神秘主義・エジプト魔術・錬金術など）を、キリスト教と融合させようとする運動が起こりました。

17～18世紀にかけて西欧キリスト教世界には、古代秘儀の作法や神秘主義を奉じた秘密結社が多数現れました。17世紀初頭の動きの中で注目すべきものは、「バラ十字団運動」です。バラ十字団は、カバラや新プラトン派やキリスト教神秘主義などの神秘思想を統合し、ヨーロッパの精神世界の霊的改革を目指す秘密結社でした。このバラ十字団運動は、神秘思想や錬金術・占星術・魔術などを中心とする神秘主義（オカルティズム）によるもので、当時の西欧世界に“オカルトブーム”を巻き起こし、神秘主義の普及に大きな役割を果たしました。その精神は「フリーメーソン」にも受け継がれています。その後、多くの同系列の派が発生しましたが、19世紀後半以降には分裂に分裂を重ね衰退していきました。そのうちの幾つかが現在まで存続しています。

一方、プロテスタント勢力の拡大に対抗して、ローマ・カトリック教会（旧教）からは「反宗教改革運動」が起こりました。イエズス会が結成され、東洋に宣教師を送るなど、カトリック教会は活発な活動を展開しました。イエズス会を創設したロヨラは神秘体験の持ち主で優れた宗教指導者でした。ロヨラは初めカトリック教会から非難・迫害されましたが、自らの神秘体験をもとに霊的修行法を生み出しました。カトリック教会は、状況が悪化していく中でも依然として異教摘発と宗教裁判を続けていましたが、全体的にはもはや中世のような一方的な弾圧や抑圧は不可能になっていきました。

こうした動きの中で最も特筆すべきものが、スウェーデンボルグ（1688～1772年）の登場です。科学者であったスウェーデンボルグは、晩年“幽体離脱”した状態で何度も霊界を訪問し、その様子を厖大な書物に著しました。まさに近世・近代における最大・最高の神秘主義者と言えます。スウェーデンボルグの存在は、その後１世紀を経て登場する“スピリチュアリズム”の先駆者としての重要な意味を持っています。

バラ十字主義における４つの柱――神秘思想・錬金術・占星術・魔術

現在では「バラ十字団」と言うと、近世以降に登場した西洋オカルティズム（西洋神秘主義）と同義に見なされています。このバラ十字主義は、神秘思想・錬金術・占星術・魔術の４つの内容から形成されています。

“神秘思想”は、それまでのキリスト教の教義にはなかった神秘世界と神秘的現象を明らかにしようとする知的探求から生まれた霊的叡智・霊的知識です。この神秘思想は、キリスト教以外の宗教やキリスト教神秘主義思想などを総合して形成されました。したがってそれは、当時のあらゆる神秘思想の統合化を目指した努力の結晶と言えます。とは言ってもスピリチュアリズムの「霊的真理」に照らしてみれば、その神秘思想の内容の多くは霊的事実から懸け離れています。

“錬金術”は、自然界の未成熟状態にある被造物を、何らかの神秘的手法を用いて成熟したもの・完成したものにしようとする術です。錬金術師は、“金属は土の中で完全な形で成熟すればやがて金（きん）になる”との信念のもとで、自然が長い時間をかけて行う成熟のプロセス（金が形成されるプロセス）を実験室で短期間に再現しようとしました。そのために求められたものが、あらゆる金属を金（きん）に変える秘薬（＊「賢者の石」とか「錬金薬」とか呼ばれる）でした。錬金術は17世紀まで隆盛を極めましたが、その後は科学の発達によって正当性を主張する根拠を失い、単なる幻想の術になってしまいました。現在では“錬金術”という言葉は、過去のオカルティズムの荒唐無稽さの代名詞として用いられています。

“占星術”は、古代から現在に至るまで脈々と受け継がれてきた術です。それは古代では、支配者・神学者・医者・祭司・哲学者などのあらゆる層に浸透していました。中世を経てルネサンスを迎えると、占星術は西欧世界で爆発的な流行をみることになりました。当時の占星術は、現代のような単なる人生占い・運命占いといった軽い存在ではなく、神秘主義の中心的学問といった重みを持っていました。最高の学問の一つと見なされていたのです。占星術は、地上世界は天上世界の動きと結びついているという「大宇宙と小宇宙（人体）の照応の原理」に基づくものです。天体によって人間が支配されるとする思考は、ある意味では神の絶対支配を説くキリスト教の教義に反します。その意味で占星術は、キリスト教会からは異端視されてきました。

スピリチュアリズムでも天体が人間に及ぼす影響を認めていますが、それは微々たるものであるとします。人間の意志の力は、天体の影響力とは比較になりませんし、神が人間に“自由意志”を賦与したということは、人間は自らの努力によって運命を変える権限を与えられたことを意味します。人間が天体によって完全に支配されるというようなことは、あり得ません。人間を絶対的に支配しているのは天体ではなく、天体を創造しそれらに不変の運行を与えた「神」と「神の造られた摂理」なのです。これがスピリチュアリズムの見解です。

“魔術”は、かつては自然界の秘密を追求する自然学と見なされ、現代人がイメージするような怪しくていかがわしいものとは根本的に違っていました。当時は、魔術は学問の一つとして認められていたのです。“魔術（自然学）”には、神の被造世界の秘密を探り、天体や自然の力・動植物・鉱物・精霊・呪文・護符・音楽などを利用して「超常現象」を引き起こすという内容が含まれていました。こうした“自然魔術”は、おおむねキリスト教会から黙認され、一般大衆はその不思議な魅力に惹きつけられるようになり、魔術は広く人々の支持を受けることになりました。しかし魔術の中には、悪魔との契約によって「超常現象」を引き起こすケースもあるとされ、それが“黒魔術”として迫害の対象とされました。超常現象を引き起こす能力を持った女性は魔女としてでっち上げられ、“魔女狩り”の犠牲になりました。

当時の魔術による現象は、スピリチュアリズムからすれば、人間に本来備わっている「霊能力」による超常現象・心霊現象にすぎません。当然、心霊現象を白魔術と黒魔術に分けるようなことは間違いです。心霊現象に対する「霊的無知」が、魔女狩りといった悲劇を生み出すことになってしまったのです。

近代科学と並行して、さらに勢力を増大させていく“神秘主義”

18世紀後半から始まった近代は、人間の理性に基づく合理主義を徹底化させた時代でした。そこでは科学的精神が重視され、合理性から外れたもの（＊宗教的・神秘的なものなど）は否定されることになりました。

こうした時代にあっては、神との神秘的合一や心霊現象を説く“神秘主義”は、一方的に駆逐されるようになると思われるかもしれませんが――実際に当時の科学者の多くがそのように願っていましたが――現実には正反対の状況が展開しました。近代科学の隆盛の裏側では、人間の「霊性」が求め続けてきた神秘主義や霊的存在への信仰がますます底辺を拡大し、勢いを増すことになったのです。近代科学という合理主義・理性重視主義の発展と並行して、それとは正反対の「霊性重視」の非合理主義という神秘主義・オカルティズムが発展していったのです。近代合理主義精神の発展の一方で、神秘主義はより先鋭化し、さらなる拡大を見せるようになっていきます。こうした動きの中で、スウェーデンボルグのような偉大な神秘主義者が登場することになりました。

産業革命の成功によって近代科学はその正当性が証明され、ますます影響力を増すことになりました。そして19世紀には、まさに“科学万能時代”といった状況が到来することになりました。合理主義精神は、科学万能主義と相まって、宗教や神秘主義の存在を完全否定する「唯物主義」の風潮を拡大させることになったのです。そうした状況において1848年に、マルクスとエンゲルスによって“共産党宣言”がなされました。これは共産主義の宣言であると同時に「唯物主義」の隆盛を謳い上げる宣言でもありました。奇しくもこの年に、「近代スピリチュアリズム」が地上展開を始めることになりました。近代合理主義思想を最も先鋭化させた「唯物主義」と、神秘主義を最も先鋭化させた「近代スピリチュアリズム」が、1848年に同時にその存在を世界に宣言することになったのです。