９）意識変容現象（神秘的合一現象・霊的エクスタシー現象・トランスパーソナル現象）

“意識の変容”とは、霊的修行によって通常（日常）ではあり得ない“高次の意識状態”になることです。酒を飲んだり、睡眠不足になったり、疲れ過ぎたり、低体温状態になると通常の意識を失って異常な意識状態になります。また、催眠術によって入神状態（トランス）に入ったり、麻薬などの薬物作用によって通常とは異なる特殊な意識状態に陥り、別人のようになることもあります。

こうした非日常的な意識を“変性意識”と言いますが、宗教（密教）やヨーガでの霊的修行を通して意識の変容化がさらに推し進められ、高次の意識状態になることがあります。霊的修行を続けるうちに、ある日突然、自分の意識が急激に拡大して宇宙と一つになったような感覚を味わったり、宇宙の中に溶け込んで自我を失ったような状態になります。それと同時に、これまで体験したことがないような“霊的エクスタシー（恍惚・忘我）”に包まれ、自分がまるで神と一つになったかのような、神と直接触れ合っているかのような感覚を持つことになります。これが「意識変容現象」です。こうした意識変容現象は、昔から宗教における“神秘体験”として知られてきました。宗教では、意識変容現象は純粋な信仰の証と見なされたり、霊的修行の到達点とされてきました。人間の理想的境地である「悟り・解脱の瞬間」とされてきたのです。

一方、意識変容現象は、一般の人間の目には異常な現象として映ります。科学時代の現代では、意識変容現象は病的な意識状態・異常な精神状態と見なされます。酒による酩酊状態やドラッグによる異常意識と同じく、病的な精神状態とされます。しかしスピリチュアリズムでは、この意識変容現象を「心霊現象」の一つと見なします。病的な精神状態どころか、次元の高い心霊現象と考えます。霊的素質のある人間は霊的修行によってさまざまな霊能力を発現させるようになりますが、それと同じく「意識変容現象」も、霊的素質のある人間が霊的修行を通して発現させることになる現象と考えるのです。

「意識変容現象」では、本人の意識が突如、堰を切ったように拡大します。精神全体が一気に無限大の世界に巻き込まれます。その変化があまりにも劇的であるため、それを体験したほとんどの人が強い衝撃を受け、自分自身の意識（精神状態）の変わり方に驚嘆するようになります。意識変容現象は、本人にとっては“気のせい”などというようなものではなく、大変な実感をともなって迫ってくる体験です。否定することのできない現実的な体験、ストレートに迫ってくる事実以外の何ものでもありません。意識変容現象では身体感覚が失われ、“霊的エクスタシー”に包まれるようになります。そのため憑依のように不安を感じることはありません。意識変容現象は、幽体離脱現象やスピリチュアル・ヒーリングと同じく、体験する当事者にとっては強烈な実感のともなった特殊な体験となります。

そしてその実感によってそれまでの物質中心の意識が根底から揺り動かされ、「霊的意識」が覚醒することになります。こうした意味で意識変容現象は、「霊的覚醒」を促す非常に貴重な心霊現象と言えます。

一般的に精神的心霊現象は、サイキック・レベルのものとスピリチュアル・レベルのものに分けられますが、意識変容現象も同じように２つに分けられます。意識変容現象はサイキック・レベルであれスピリチュアル・レベルであれ、本人の自覚としては霊的エクスタシー状態として現れますが、その現象を発生させる原因はそれぞれ異なっています。霊界からの協力や働きかけを一切受けずに霊能者自身の霊的資質（霊体能力）によって発生するものを「サイキック・レベルの意識変容現象」と言います。それに対して、霊界からの協力や働きかけによって発生するものを「スピリチュアル・レベルの意識変容現象」と言います。霊界からの働きかけによって発生する現象と、自力のみで発生する現象の２種類があるということです。

言うまでもなく「スピリチュアル・レベルの意識変容現象」の方が次元が高く、現象も繰り返し引き起こされることになります。「サイキック・レベルの意識変容現象」の場合には、現象は偶然（たまたま）（発生するといった程度です。

一定の霊性レベルに至った人間が、「霊主肉従の努力」という霊的修行を日常的に継続し、瞑想などによって深い内省的な世界を開拓していく中で、ある日突然、意識変容現象が発生するようになります。修道者や行者の中には、こうした形で意識変容現象を体験する人間がいます。意識変容現象は普通、まずサイキック・レベルの心霊現象として現れます。霊界の人々の協力がない中で現象が発生するようになります。霊主肉従の状態が極端に「霊」の側に傾くと、物質的な壁が取り除かれ、大量の霊的エネルギーが“脳”に流入して現象が発生するようになるのです。

勘違いしてはならないのは、「意識変容現象」はその人間の霊性の高さを証明するものではないということです。意識変容現象は他の精神的心霊現象と同じく、霊体次元に備わった霊能力によって引き起こされます。意識変容現象には一定の霊性レベルが必要とされますが、何といっても心霊能力が物を言います。「心霊能力（霊能力）」を持っていることが重要な条件となるのです。

意識変容現象がサイキック・レベルにとどまるかぎり、それほど霊的価値はありません。霊的価値を高めるためには、スピリチュアル・レベルにまで引き上げられなければなりません。本人の霊性の向上と利他愛の実践を通して霊界人の協力が得られるようになると、必要に応じて意識変容現象を引き起こすことができるようになります。これが「スピリチュアル・レベルの意識変容現象」です。自分自身の悟りや救いを求める霊的修行（＊ヨーガや座禅など）の最中に発生するものの大半は、「サイキック・レベルの意識変容現象」です。それに対して「スピリチュアル・レベルの意識変容現象」は、自己の救いよりも人々の救いを優先し、利他愛の実践に励む霊的修行の中で発生するものなのです。

霊的修行の結果、通常では体験することができない「意識変容現象」が発現するようになります。多くの宗教では、この意識変容現象を“理想の意識世界”“悟りの境地”“解脱の境地”として理解してきました。そして「霊的修行の最終到達点」としてきました。特にインドを中心として発生したヨーガや仏教では、意識変容現象を人間が目指す最終目標としてきたのです。

例えば仏教では、修行によって“悟りの境地”に至って覚者となれば、「解脱」（＊輪廻のサイクルを脱け出し、真の救済に至ること）できるようになると教えています。ここで言う悟りの境地・解脱とは、まさに意識変容現象を指しています。禅仏教では、座禅中の深い瞑想状態下で無我の境地に至るとし、それを悟りの境地に通じるものであると説いています。一方、古代インド思想のヨーガでも、修行の結果、三昧（さんまい）の境地に至り、ニルバーナを実現することになるとしてきました。こうしたインド発生の宗教が理想としてきた境地は、いずれも「意識変容現象」と同じものを意味しています。霊的修行の結果、意識変容現象を体験するようになり、ある者はそれを悟りに至ったと考えてきました。また、ある者は解脱した、ニルバーナを実現した、覚者になったと考えてきたのです。

最近よく知られるようになった修行法の一つに“ＴＭ瞑想”があります。これは密教系ヨーガの一派、マントラヨーガ（呪術ヨーガ）の流れをくむもので、一人一人に合ったマントラ（聖なる言葉・呪文）を唱える霊的修行を通して「純粋意識」を体得し、超越的存在者（神）を実体験することを目指します。ＴＭの理想とする純粋意識の世界とは、言うまでもなく「意識変容現象」のことを指しています。ＴＭに関心を寄せる者たちは、修行の結果、突如現れる高次の意識世界に最高の価値を置き、さまざまな名称で呼んできました。しかしスピリチュアリズムから見ると、彼らが求める高次の意識世界とは「意識変容現象」に他なりません。むろんそれは、人間の霊的成長の最終到達点ではありません。

一方、インド発生の宗教とは異なるキリスト教やイスラム教などの一神教の中でも「意識変容現象」が出現しています。修行者や修道者が深い瞑想中に突如、自分自身が神と一つになったような意識世界に入るようになります。自分が神の一部分になった、自分が宇宙の中に溶け込んだかのような感覚に包まれることになります。そして“霊的エクスタシー”という無上の歓喜を味わうことになるのです。キリスト教徒の場合、それは神と同義であるイエスと結ばれることを意味します。インド宗教が意識変容現象を「悟り・解脱」として理解するのに対し、キリスト教やイスラム教などの一神教では、「神との合一・神との触れ合い」として理解することになります。これを「神秘的合一体験」とか「神との融合体験」、あるいは「見神体験・接神体験」と呼びます。時には「神（イエス）との結婚・霊的な婚姻」と言うこともあります。

地上の宗教には、理論・思想を中心とする顕教的側面と、理論では味わえないものを神秘体験を通して直接的に求めようとする密教的側面・神秘主義的側面があります。後者を優先する立場を密教的宗教・神秘主義的宗教と言い、そこでは神仏の実感・神仏との触れ合い・神仏との一体化に最大の価値を置きます。その結果、今述べてきたような「意識変容現象」が発生することになります。神仏の存在をストレートに実感し、神仏と一体化したような神秘体験をすることになります。自分が宇宙と一つになったかのような感覚、自分が宇宙の中に溶け込み、その一部分になったかのような「意識変容現象」を体験することになるのです。

最近になって、意識変容現象を実証的に研究しようとの動きが現れました。それが“トランスパーソナル心理学”です。トランスパーソナルとは「個人の意識（パーソナル意識）を超える」という意味で、通常的な意識とは異なる意識状態に至ることを意味します。トランスパーソナル心理学は、宗教における至福体験・神秘体験にともなう超越的存在者（神仏・宇宙）との出会いや、自己意識の拡大を研究対象とします。「意識変容現象」は、そのトランスパーソナル心理学が研究対象とする現象の一つなのです。

トランスパーソナル心理学は、従来の心理学や精神医学で病的現象とされてきた“変性意識”に対し、これまでとは異なる方向からのアプローチをします。変性意識を病的なものではなく、正常な意識プロセスの一つとして理解します。それはまさに「意識変容現象」に対する実証的研究であり、現代における学問的研究と言えます。

スピリチュアリズムは地球人類に新たな霊的知識をもたらし、さまざまな「心霊現象」の真相とメカニズムを明らかにしました。これまで謎とされてきた「意識変容現象」の真相とメカニズムについても、論理的に明快に説明しています。意識変容現象という心霊現象は、さまざまな名称で呼ばれていますが、霊的観点から見れば、いずれの現象も共通のメカニズムによって発生していることが分かります。すなわち同じ「心霊現象」であるということです。

ここではスピリチュアリズムによって明らかにされた「意識変容現象」の真相とメカニズムを学びます。

上の図は、地上人の心（精神）の世界を図示したものです。「霊体」にある「霊の心」の内容（霊的意識）は、“脳”を介してその一部分が地上人に自覚されるようになっています。一方、脳から発生した「本能的意識」も、地上人に自覚されるようになっています。すなわち地上人は、脳を通してもたらされた「霊的意識の一部分」と「本能的意識」を同時に自覚するようになっているのです。これが「顕在意識」と呼ばれるもので、通常は「心」として認識されます。

「霊の心」の内容（霊的意識）の大半は潜在状態に置かれていて、通常は自覚することはできません。地上人は、自分の“心”のほんの一部分だけを自覚しているにすぎないということです。「霊的意識」の大部分は、隠されたような状態に置かれているため、これを「潜在意識」と呼びます。それに対し“脳”を経て自覚される霊的意識の一部分と、本能から発生する本能的意識が一緒になって形成されているものを「顕在意識」と呼びます。

深層心理学では「潜在意識」の実在を明らかにしていますが、その構成状況やメカニズムについては、正確なことはほとんど分かっていません。その最大の理由は、人間が霊体と肉体の二重構造から成り立っているという事実を知らないところにあります。また、霊体に“心”があることが分かっていないからです。

上の図に戻りますが、地上人一人一人の「潜在意識」と「顕在意識」の割合は、ほぼ決まっています。さらには顕在意識中の「霊的意識」と「本能的意識」の割合も、おおよそ決まっています。しかし内的な状況の変化によって、顕在意識中の「霊的意識」と「本能的意識」の比率は絶えず変動しています。顕在意識中の霊的意識の割合が大きくなるにともない、霊的な考え方や利他的発想が増加するようになります。顕在意識中の霊的意識が本能的意識よりも大きく（強く）なっているとき、これを「心の霊主肉従状態」と言います。反対に顕在意識中の霊的意識が本能的意識よりも小さく（弱く）なっているとき、これを「心の肉主霊従状態」と言います。以上が、地上人の“心”についての説明です。

瞑想中やトランス状態下では、この心の内容（意識）のバランスが一時的に大きく変化するようになります。「霊の心」から“脳”へ大量の霊的エネルギーが流れ込み、霊的意識が一気に拡大するようになります。するとこれまで体験したことがないような心境・精神状態になるのです。これが「意識変容現象」です。

以上の説明を図示すると次のようになります。

「意識変容現象」が生じると、自分が突如、無限に拡大したような意識状態に入ります。人によっては宇宙や神と一体になったような感覚に包まれます。ある人はそれを“梵我一如の境地”“ニルバーナの世界”が実現したと捉え、「自分は今、悟りの時を迎えた」と考えます。熱心で純粋なキリスト教徒は、「神（イエス）と一体化した」「イエスと結ばれた」と考えるのです。

意識変容現象は、地上人にとってはごく稀に発生する「精神的心霊現象」です。自分が宇宙や神と一体になって融合してしまうような境地を体験することは、肉体に覆われた地上人にとっては非常にハードルの高い心霊現象です。長期間にわたる禁欲的な生活・自己コントロールの生活を続けた一部の修行者・修道者だけに発生する特殊な心霊現象です。

一方、地上人と違って肉体という物質の身体を持たない霊界人は、必要に応じて霊界の大気中から神の愛とエネルギーを取り入れることができます。物質の影響を一切受けない霊界人は、地上人とは比較にならないほど高い霊的心境・拡がりのある意識を持ち、それを絶えず維持することが可能となっています。こうした霊界人は「意識変容現象」を、ごく自然に体験しています。神と触れ合い、神の存在を実感することが日常的な出来事になっているのです。霊界では、神の愛に酔いしれる“霊的エクスタシー”を誰もが当たり前に体験し、それを通して生命の躍動感を自分自身のものとし、生き生きとエネルギッシュに生活しています。霊界人は皆、幸福感と喜びを満喫する生活を送っているのです。

シルバーバーチは「意識変容現象」について、次のように表現しています。

「天と地が融合した極限の瞬間――あっという間の一瞬でありながら、すべての障壁が取り除かれた時、人間は自分本来の霊性を自覚します。すぐその束縛を押し破り、霊の本来の感覚であるところの法悦（エクスタシー）の状態に達するのです。」

肉体という物質の壁に覆われた地上人にとって「意識変容現象（霊的エクスタシー現象）」は、特別な出来事になっています。そして悟りやニルバーナ、解脱、神との融合一体化という理想に祭り上げられています。意識変容現象は、確かに素晴らしい現象・夢のような現象ですが、霊界人にとっては日常的な出来事なのです。こうしたことを考えるたびに、霊界人と地上人の“霊的感性”のあまりの違いを実感させられます。霊界人は、地上の聖人や覚者のような人間ばかりなのです。

私たち地上人にとっての“真の救い”は、霊界に行ってから実現することになります。真実の幸福感を味わうのは霊界に行ってから、ということになります。「意識変容現象」は、地上にいながら霊界人の喜びの一部を体感する現象と言えます。

「ただ、覚醒中であっても霊の波動が高まり、背後霊との一体化が成就されると、一瞬の間ではありますが、物質界では味わえない超越的喜悦（※霊的エクスタシー）に浸ることがあります。」

意識変容現象は、他の精神的心霊現象と同様に、霊体レベルの「霊能力」によって発生します。とは言っても、他の心霊現象が「霊体→肉体」という「２つの身体」の間の関係において発生するのに対し、意識変容現象は「霊の心→脳」という「２つの心」の間の関係において発生するという点で異なります。しかし、いずれも霊的レベルから肉体レベルに向けて「霊的エネルギー」が大量にもたらされることによって起こされる現象です。

意識変容現象を発生させる霊能力とは、「霊の心」から“脳”に向けて大量の霊的エネルギー（マインド・エネルギー）を流すことができる能力のことです。生まれつき霊的能力を持っている人は、一般の人よりも霊的訓練によって早く意識変容現象を体験できるようになります。

では、どのような霊的訓練によって「霊の心→脳」という霊的通路が拡大し、一度に大量の霊的エネルギーを流入させることができるようになるのでしょうか。その答えを述べる前に、“霊的訓練”を論じる際の最も重要な点を指摘しておかなければなりません。それは霊能力開発の大原則であり、どのようなケースにも当てはまります。すなわち「無理をして霊能力を得ようとしない」「力んで霊道を開こうとしない」ということです。「霊能力を早く身につけたい」「早く霊的体験をしたい」と思うことが、霊能力を開発するうえで大きな障害となるのです。霊能力を身につけるためには「霊能力を身につけようと思わない」ことです。これはまさに“パラドックス”ですが、真実なのです。

「霊能力を得たい」と考えるのではなく、「霊的成長をしたい」「利他的な生き方、人々に奉仕する生き方をしたい」と願うべきです。意識変容現象に限らず心霊現象は、霊的成長を求める中で自然に発生するのが摂理にそった正しいあり方なのです。無理をして心霊現象を発生させることは不自然であり、そこにはゆがみが生じます。そんなことをすれば必ず、低級霊の憑依や精神障害などの問題を引き起こすことになります。

霊的訓練としては、日常生活における「霊主肉従の努力」が、何よりも重要です。日々の営みがそのまま“霊的訓練”であり、それが正しい霊能開発の方法です。一時の緊張した修行（肉体行・滝行など）は、本当の意味での霊的訓練とは言えません。そうしたものは、誰にでもできる次元の低い訓練です。日常生活を常に霊主肉従に保つ努力こそ、最も厳しい霊的訓練です。「霊主肉従の努力」こそ、「霊の心→脳」へと流れるエネルギーを増大させる正しい修行法なのです。意識変容現象を体験するための霊的訓練の第一歩は―「日常生活全体を常に霊主肉従にする」「霊的コントロールに努める」ということです。

霊的素質のある人間が、日常生活において霊主肉従の状態を保つための努力・霊的コントロールの努力をしているとき、瞑想などによって意識が深まった瞬間に突如「意識変容現象」が発生するようになるのです。霊的通路を一時的に拡げるには、瞑想や祈りが必要となりますが、その瞑想も“霊能力をつけよう”という思いからしてはなりません。自分自身の心を高め、霊主肉従の状態を維持し、利他愛の思いを拡大するためにしようとすべきなのです。

自然な形で「意識変容現象」を体験するようになった人の共通点は、霊能力を身につけようといった邪心や野心がないことです。霊能力に対する願望がないことが特色です。伝統宗教における悟りや純粋意識も、ひたすら理想世界を目指して努力している最中に自然発生するものです。

ヨーガは、人間の最高の幸福を「解脱」に置いています。「解脱」とは、苦しみが付きまとう輪廻のサイクルから脱け出し、絶対平安・絶対幸福の世界（“三昧”という理想世界）に至ることです。この世の苦しみから脱出した境地が「解脱」です。仏教ではこれを“涅槃（の境地）”と呼んでいます。ヨーガにしても仏教にしても、究極の目標を輪廻からの解脱に置いているのです。

ヨーガでは「解脱」に至るためのさまざまなプロセスを説いています。段階的な意識向上のプロセスを経て、最終的に“三昧の世界”に至り「解脱」するようになるとしています。三昧に至ると主観と客観が完全合一して主客両面がすべて消え去り、自己意識・自己感情・人格さえも消滅するとしています。この究極的な高次意識の境地は、ほんのわずかな瞬間しか続きませんが、通常の意識状態に戻った後も大きな影響を心に残し、人生に対する姿勢を変えることになると教えています。

地上の宗教の中で、ヨーガほど「意識変容現象」に重きを置いたものはありません。意識変容現象が最重要視され、ヨーガ思想の根幹を貫いています。密教系の宗教・神秘主義的な宗教は、いずれも意識の変容体験を重視していますが、密教系ヨーガ（＊特にクンダリーニヨーガやハタヨーガ）ほど、それを理論化し実践化しているところはありません。

ヨーガでは、意識変容のプロセスを「チャクラの覚醒」という独自の概念を用いて説明しています。クンダリーニヨーガでは、尾骶骨のチャクラにある宇宙エネルギー（クンダリーニ）を覚醒させ、それを上昇させて他のチャクラを通過させ、頭頂部のチャクラに導くことを目標にします。クンダリーニの上昇にともない、順番にチャクラが開かれていきます。すべてのチャクラが開かれると（覚醒されると）、最終的に“三昧（サマーディ）”という究極の境地が展開し、超感覚的な体験をすることになると説いています。その超感覚的な体験とは、「意識変容現象」のことを意味しています。

このようにヨーガには、悟り（三昧）に至る精緻な理論があります。しかし、それが理論の真実性を証明するものではありません。ヨーガ理論の精緻さと合理性に多くの現代人が惹かれ、ヨーガの実習を通じて三昧の境地を目指そうとしていますが、ヨーガの理論には「霊的事実」とはかけ離れた点が多くあります。思弁的につくり出した思想・理論としての完成度は高いのですが、事実と一致しているわけではないのです。当時のインド人が正しい霊的知識・霊的情報を知らない中で、思弁的につくり出したものがヨーガの理論なのです。それは「霊的事実」に照らしてみると、すべてが空論とは言えないまでも、大きくかけ離れています。

ヨーガでは、クンダリーニの上昇とチャクラの覚醒によって“三昧”という高次の境地に至るとしています。その三昧の体験とは、「霊の心→脳」という霊的エネルギーの通路の物的障害が一時的に解き放たれて、瞬間的に大量の霊的エネルギーが“脳”に流れ込んだときの意識状態のことです。大量の霊的エネルギーが“脳”に流れ込むと、潜在化していた「霊的意識」が顕在化するようになります。そしてこれまで味わったことがないような意識の拡がり、宇宙との一体感を体験するようになります。神と一体化し、その中に溶け込むような“霊的エクスタシー・霊的歓喜”を味わうようになります。無限に拡がる自分自身の意識に驚き、その変化に感動するようになるのです。

頭部のチャクラの覚醒とは、「霊の心→脳」という霊的通路が一時的に拡大し、大量の霊的エネルギーが“脳”にもたらされることを意味しています。霊的エネルギーの通路が一時的に拡大することを「チャクラの覚醒」という言葉で表現したのです。すでに何度も述べてきましたが、霊の心から脳（霊体から肉体）に大量の霊的エネルギーが流入してくる状況を地上サイドから霊視すると、接点（チャクラ）から一斉に霊的エネルギーが吹き出してくるように見えます。これが「チャクラの覚醒」と言われてきた現象の真相なのです。

クンダリーニは“性エネルギー（性欲）”であるとも言われます。これを上昇させることによって三昧に至るとするヨーガの理論は、「性欲エネルギーをすべて精神エネルギーに転化する」ということを意味しています。言い換えればそれは、「完全な霊主肉従化」をなすということなのです。性欲エネルギーは、地上人の心を支配する最も強力な肉体的欲望です。それを完全に霊の心の支配下に置くということは、「完璧な霊的コントロールを達成する」ということを意味しているのです。

ヨーガの理論に従うなら、「意識変容現象」という高次の意識世界は、霊的成長の最終点において発生する特別な現象ということになります。意識変容現象は、霊性の高さを示す指標ということになります。意識変容現象を“悟り”と同一視するなら、それは悟りを開くほどの高い霊性の持ち主だけが体験することができる特別な現象ということになります。従来の宗教では、意識変容現象（三昧・悟り・神秘体験・霊的エクスタシー体験）を最も高い霊性レベルの指標と考えてきました。

しかし結論を言えば、「意識変容現象」は必ずしも霊性の高さを示すものではありません。もちろん一定の霊性レベルに至っていなければ意識変容現象を体験することはできませんが、意識変容現象が最高の霊性レベルの証とは言えないのです。意識変容現象は、一定の霊性レベルに至った人間が霊主肉従の努力・霊的コントロールを心がけ、瞑想によって意識を深めたときに発生するものです。他の多くの心霊現象が必ずしも霊性の高さとは関係がなかったように、意識変容現象にも同じことが言えるのです。

これまで「意識変容現象」は、悟りや三昧・神との合一体験として捉えられてきたため、霊性が高い人間だけが持ち得る特別な体験であるとのイメージができ上がってしまいましたが、それは間違いです。

サイキック・レベルの「意識変容現象」の発生には、霊性よりも「霊能力」が決定的な要素となります。この点からすると、意識変容現象を体現したヨーガ行者や仏教徒の霊性が高いとは言えません。神秘体験や霊的エクスタシー体験をした修道者だからといって、必ずしも霊性が高いわけではないのです。意識変容現象を体験できない人の中にも、霊性の高い人は大勢います。霊性の高さは心霊現象によって判断されるものではなく、日常の利他的行為によって判断されるべきものです。心霊現象よりも「霊的成長」こそが人間にとって大切であって、それは日常の実際の行為を通して達成されていくものなのです。

ヨーガや密教宗教・神秘主義宗教によって、意識変容現象が理想化されることになりました。そしてニューエイジや精神世界の中で、多くの現代人が意識変容現象を目指すような風潮が生まれました。悟り・三昧・ニルバーナ・霊的エクスタシーを求めて瞑想に励むような人間が増えました。

ヨーガをはじめ密教宗教や神秘主義宗教では、どのようにしたら究極の境地に至ることができるようになるのかを説いています。独自の霊的修行法が示され、それが人々の願望・好奇心を刺激することになっています。多くの現代人が物質的な世界から霊的世界に意識を向けるようになったことは大きな進歩と言えますが、それに比例して重大な問題・深刻な問題が発生するようになっているのです。

一日も早く悟りを得たい、神秘体験をしたいといった願望が邪心を生み、霊的問題を引き起こすようになっています。その霊的問題とは“精神障害”と“低級霊の憑依”です。霊的修行にはエネルギーの集中が不可欠です。それが正しい方向性を持ってなされるときには問題はありませんが、邪心・野心といったエゴ的感情に支配された中で行われると、精神の異常・不調和を引き起こすことになってしまいます。間違った方向に向けての霊的エネルギーの集中が、大きな反動となって本人の心を蝕むことになるのです。

一方、一度でも「意識変容現象」を体験すると、その刺激が生涯忘れられなくなります。意識変容現象とは、それほどまでに大きな影響を当事者の心に残すものなのです。それがしばしば、日常の自分自身の心を嫌悪させるようになります。意識変容現象が霊界への正しい憧れ・希望を喚起することになるなら、それは本当に素晴らしい体験ということになりますが、現実の自分に対する“嫌悪感・絶望感”だけをふくらませるとするなら、素晴らしい体験とは言えなくなります。「早く次の意識変容現象を体験したい！」といった焦るような気持ちを持つとするなら、無益を超えて有害になってしまいます。

霊性が低い人間に、何かの拍子に「低次元の意識変容現象」が発生することがあります。こうした状況は“低級霊”にとって、働きかけのチャンス到来を意味します。邪心を持った人間が稀に意識変容現象を体験すると、かえって心を醜くするようなことになってしまいます。

心霊現象にとらわれることなく、日常の霊主肉従の努力と人類への奉仕を優先している人間であれば、「意識変容現象はあってもよし、なくてもよし」ということになります。それが霊性の優れた人間のあり方なのです。そうした人がたまたま意識変容現象を体験するなら、それを神からの御褒美と考え、将来の希望・励みとするようになります。意識変容現象の体験が、焦りや絶望に結びつくようなことはありません。霊的成長を優先しない生き方、利他的奉仕よりも霊能力開発を優先する生き方は邪道です。

意識変容現象に関しては“ドラッグ”の問題もあります。1950年代には、ＬＳＤ・メスカリン・ケタミン・ＤＭＴなどの薬物（ドラッグ）が少量で意識の変性を引き起こすことが発見され、多くの西洋人がドラッグを用いた意識変容現象を求めました。1960年代にはＬＳＤが世界中で非合法化されるようになり、70年代に入ってこの流行に終止符が打たれました。ある種のドラッグは“心霊中枢”を刺激し、一時的に低次元の変性意識を出現させますが、それはどこまでも邪道です。霊性を高める努力のともなわない不自然な霊能力開発は、それに見合った“自業自得”の悲惨さや苦しみをもたらすことになるのです。

ＬＳＤが禁止された後、ドラッグを用いずに意識の変容を実現するためのさまざまなテクニックの開発が進められました。瞑想法・催眠暗示法・呼吸法・現代機器を用いたヘミシンクなどの方法が開発されました。しかしこうした新しい手法も、霊性開発を優先せずに心霊現象を引き起こそうとする試みであるかぎり、やはり邪道的方法と言えます。時にそれが成功することがあっても、後になってさらに悪い結果が生じるようになります。

シルバーバーチの次の言葉を、しっかりと心にとどめておくべきです。

「心霊能力は人類に先天的に潜在しているものです。霊が使用すべき能力として用意されているのです。物質と霊とをつなぐ懸け橋であり、当然開発し発達させるべきものですが、あくまでも鍛錬と正しい心がけと生き方の中で育まれるべきものであって、不自然な促進剤の使用によって行うべきものではありません。（中略）インスタントコーヒーを入れるような調子で霊性を発現することはできません。霊性のともなわない能力を発揮して、どうしようというのでしょう？」

ここまで、さまざまな精神的心霊現象を取り上げ、その実態と発生メカニズムについて見てきました。説明を通して、心霊現象を引き起こす霊能力には「サイキック能力」と「スピリチュアル能力」があることを、よく理解していただけたものと思います。

サイキック能力とは、人間の霊体に備わっている能力（霊体能力）のことで、それによって発生する心霊現象は、霊能者個人の能力の範囲に限られます。それに対してスピリチュアル能力とは、霊界人の協力・援助を引き出すことができる能力のことです。このスピリチュアル能力を身につければ、霊界の人々の協力を得て、個人の能力をはるかに超えた驚異的な心霊現象を現出させることが可能となります。

またシルバーバーチは、人間の霊体だけでなく肉体にも「未知の力（超能力）」が備わっていることを説いています。“動物的直感”という言葉が示すように、動物には「超能力」があることが知られていますが、人間の肉体にもそれと同じ能力が内在しており、これによって種々の「超能力現象」が引き起こされるのです。

こうした「サイキック能力（霊体能力）」と「スピリチュアル能力」の違いや、肉体に内在する「超能力」に関する霊的知識はすべて、シルバーバーチによって初めて明らかにされたものです。