４）スピリチュアリズム初期の物理霊媒者の堕落

初期スピリチュアリズムは、物理的心霊現象を一流の科学者・学者が研究するという「心霊研究」を中心に発展していきました。当時は、見た目に派手で、誰もが認識しやすい“物理的次元”の心霊現象がひんぱんに現出しました。また、優れた「物理的心霊能力」を持った霊能者が数多く輩出されました。こうした状況は、すべて霊界からの働きかけによって計画的に演出されたものだったのです。心霊研究の動きは19世紀後半の西欧社会に、大きな驚きと興奮と熱狂の渦を巻き起こすことになりました。

スピリチュアリズムの初期に、霊界によって計画的に演出された「物理的心霊現象」には明確な目的がありました。その目的とは、物理的心霊現象を現出させることによって霊界の実在や、人間は死後も霊魂として生き続けるという「霊魂説」を証明することでした。“死ねば人間は消滅してしまう”とする唯物的思想の間違いを明らかにすることでした。

しかしそうした動きは、伝統宗教である“キリスト教の教義”と真正面から衝突することになりました。また、当時の近代科学の興隆を背景にした“唯物主義”とも決定的に対立することになりました。

その一方で多くの“ペテン霊能者”が現れ、本物の霊能者を真似て人々を騙し、私利私欲に走るといった困った事態が発生することになりました。こうしたニセ霊能者の詐欺的行為・ペテン的行為は、敵対勢力にとってスピリチュアリズム全体を攻撃する格好の材料となりました。

ヴィクトリア時代の英国では、手品（マジック）が非常に人気のある娯楽として大衆の中に浸透していました。1850年頃の英国では、国内や海外からやってきた奇術師（マジシャン）が大勢活躍していました。ペテン霊能者は、そうしたマジシャンと同じような“トリック”を用いてニセの心霊現象を演出し、大衆を騙してきました。

物理的心霊現象の多くが、一見すると“マジック”と見間違うような点を持っています。マジックにおいてもしばしば、物体浮揚や人体浮揚、あるいは物体や人体の消滅・移動といったショーが演じられます。もちろん心霊現象には全くトリックはありませんが、スピリチュアリズムに反対する者たちは「物理的心霊現象」のすべてを“トリック”として片付けようとしました。「心霊現象なるものにはマジック同様、トリックや仕掛けがあるはずだ」と決めつけたのです。当時は、多くのペテン霊能者のトリックが次々と暴露されていました。スピリチュアリズムに敵対する科学者やキリスト教会は、一部のニセ霊能者のペテンの事実をもって、スピリチュアリズムのすべてをペテン扱いしようとしました。

面白いことに、マジシャンの中のある者は、ニセ霊媒がマジックのトリックを用いて人々に受け入れられている事実に憤慨し、ニセ霊媒を「心霊主義の仮面を装ったペテン」と糾弾しています。ペテン霊媒・ニセ霊媒の中には、反対者たちからその不正の手口を暴露され社会から葬り去られた者たちがいましたが、こうした出来事がスピリチュアリズムの評価を著しく傷つけ、人々に不信感を植えつけることになってしまいました。

当時の物理的心霊現象の研究の中で、最も人々の注目を浴びたのが、クルックス博士によるケーティ・キング霊の「物質化現象」でした。霊界にいる死者の霊が、生前と同じ姿をとって現れ、その霊が実験室にいた地上人と親しく語らい交流するという常識では考えられないような心霊現象が発生したのです。そして一流の科学者であり“唯物論者”であったクルックス博士が、この現象の研究に着手しました。

この驚異的な「物理的心霊現象」について、現在のスピリチュアリズムではそのメカニズムを明らかにしています。霊媒の身体から流れ出る“エクトプラズム”という特殊な半物質に、霊界側から働きかけて細工をほどこし、霊（死者）の生前の姿をつくり出すというものです。こうしたエクトプラズムを用いた「物質化現象」は、スピリチュアリズムではかなりポピュラーな現象で、特に不思議なものではありません。

しかし霊界や霊の存在を信じられない人間にとってその現象は、想像もつかない、ありえない出来事でした。そのため「これには何かトリックがあるに違いない」ということになってしまいました。研究に携わったクルックス博士自身も当初は、「霊の物質化」といった科学では説明できない現象を“トリック”と決めつけていました。しかし実際に研究を進める中で生々しい現象を見せつけられ、霊の存在を受け入れざるをえなくなっていったのです。

マジックでは「物質化現象」のような演出は、一人のマジシャンが“二役を演じる”というトリックによってなされます。クルックス博士もそうしたトリックの疑念を抱き、徹底して現象の検証を進めていきました。クルックス博士の最大の関心は、「ケーティ・キング霊と霊媒フローレンス・クックが別人であるかどうか？」におかれていました。博士は、その物質化現象がトリックではないことを証明するために、ケーティ霊と霊媒クックが別人である証拠を次々と示していきました。実験では、ケーティ霊がトランス状態の霊媒のかたわらに立っていたり、明るい電灯の下で霊媒と一緒にいる姿を博士だけでなく何人もの参加者たちが同時に目撃しています。

こうしたクルックス博士の厳格を極めた研究に対して、現在まで正面きって異を唱える人間はいません。「そんなことは信じられない。トリックを用いているに違いない」と主張する懐疑論者はいても、博士の詳細な研究報告書を前にして、説得性のある根拠を示して論破した人間はいません。なかには屁理屈としか言いようがない理由をあげて躍起になって否定しようとする人間もいましたが、何ひとつ確たる反論の証拠を示すことはできませんでした。人間の常識や現代科学の知識からは到底考えられないことであっても、事実として存在する以上、否定しようとしても不可能なのです。

どうしてもこの現象を認めたくない懐疑論者たちは、「クルックス博士はトリックに騙された」「クルックス博士は霊媒に恋をしてウソをついた」「博士を含めて全員が集団催眠術にかけられていた」といった理屈をでっち上げましたが、彼らにはそれが精いっぱいの抵抗でした。現在に至るまでクルックス博士が取り組んだ「物質化現象」について、それが霊媒の仕組んだトリックであり、クルックス博士が騙されたのだとする説を証明した者は一人もいません。スピリチュアリズムからすれば、その現象（物質化現象）は決して珍しいものではなく、地球上に数え切れないほど存在する物質化現象の一つにすぎないのです。

クルックス博士による研究は足掛け３年に及び、1874年のケーティ・キング霊の“終了宣言”をもって終ることになりました。この時点で、博士と霊媒フローレンス・クックとの関係も自動的に終了しました。そしてその後、ケーティ・キング霊は一切姿を現すことはありませんでした。

ところが、しばらくして思いがけない事件が発生することになりました。1880年１月に、フローレンス・クックがトリックによって物質化現象を演出した詐欺行為が露見してしまったのです。クックが“物質化霊”と“霊媒”の二役を演じていたことが、英国スピリチュアリスト協会の一室で行われた物質化現象の交霊会で、参加者の一人（ジョージ・シットウェル卿）によって暴露されてしまったのです。この霊媒クックが働いた“ペテン”暴露事件が、反対派を勢いづかせたことは言うまでもありません。反対者はこの一件をもって、クルックス博士がかつて手がけたケーティ・キング霊の物質化現象も、すべてトリックを用いたペテンであったと決めつけ声高に非難することになりました。

しかし霊媒がどのような不正を働いたとしても、クルックス博士が行った「ケーティ・キング霊の物質化現象」に関する心霊研究を葬り去ることはできませんでした。なぜなら博士の厳格な研究手順や経過を詳細に記した報告書を前にして、ケチのつけようがなかったからです。博士の報告書の中には、ケーティ霊と霊媒が別人であることの明確な証拠が、あまりにも数多く示されていたからです。

英国ばかりでなくヨーロッパ中にその名が知れわたり、霊能者として最高の栄誉を手にした霊媒フローレンス・クックは、なぜ“ペテン”という不正に手を染めることになってしまったのでしょうか。

ケーティ・キング霊の物質化現象は、スピリチュアリズムの壮大な計画に基づき、霊界側の全面的な援助・協力のもとで進められました。地上サイドに役者を揃えたうえで、「人類の霊的啓発」という目的のために驚異的な心霊現象が演出されたのです。それは霊界からの強力な働きかけがあって初めて実現した、まさに歴史的な心霊現象だったのです。当然のこととしてその使命を果たし目的が達成された時点をもって霊媒は、もはやそれまでのような霊界の援助・協力は得られなくなります。それにともない、かつてのような驚異的な心霊現象を引き起こすことは不可能となります。

しかし大衆や心霊研究者の中に、そうした霊的な事情を知る者はなく、彼らは依然としてクックに対して華々しい物質化現象を期待し続けました。このギャップが重圧となって、彼女は“ペテン”に手を染めることになってしまったのです。これが、霊媒フローレンス・クックがペテンを働くことになった最大の理由です。周りの期待があまりにも大きい中で、彼女は自らの能力が後退したことを公言する勇気がなかったのかもしれません。あるいは新たな実験・検証を拒否すれば、これまでの実験のすべてが否定されることになるかもしれないとの不安があったのかもしれません。または彼女が煩悩に負けて私利私欲にとらわれ、個人的な名声を失うことを極端に恐れたのかもしれません。

いずれにしても歴史的な心霊現象の霊媒が“ペテンを働いた”という事実が、後世に伝わることになってしまいました。

反対派は、霊媒フローレンス・クックのペテンの事実をもって、すべての物質化現象をペテンであると決めつけようとしますが、その主張には明確な根拠はありません。「ケーティ・キング霊の物質化現象」をペテンと断定するためには、クルックス博士の報告書のすべてがウソであって、博士が“ぺテンに騙された”という証拠を提示しなければなりません。また、その後も世界各地で次々に発生している物質化現象のすべてがペテンであるということも証明しなければなりません。しかし、そのいずれも不可能です。

最も客観的な見解は――「クルックス博士が取り組んだ心霊研究におけるケーティ・キング霊の物質化現象は“本物”であったが、その後、同様の現象を引き起こすことができなくなった霊媒が“ペテン”に手を染めた」というものです。

霊媒フローレンス・クックのペテンは、初期スピリチュアリズムの内部における不正の一例ですが、それと似たようなケースは数多く存在します。スピリチュアリズムは、こうしたモラルを欠如させた霊能者との戦いを余儀なくされました。ここで忘れてはならないことは当時、霊能者のペテン行為を率先して暴露し追放してきたのは他ならぬスピリチュアリストたちであった、ということです。研究に着手する前のクルックス博士は、懐疑論者として多くの霊能者のペテンを暴き摘発していました。そのためクルックス博士が心霊研究に取り組むことを知ったとき、反対者たちは、これでスピリチュアリズムの“化けの皮”がはがされることになる、と期待していたのです。

また、英国心霊研究協会（ＳＰＲ）の有力なメンバーであり、数々の心霊実験に立ち合い、晩年に心霊主義者（スピリチュアリスト）となったホジソンも、ペテン摘発の名人でした。特に、神智学をつくったブラヴァッキーのペテンを暴露したことで有名です。さらにイタリア人女性霊媒ユーサピア・パラディーノに対する検証の結果、彼女を“ペテン師”と結論づけたことでもよく知られています。パラディーノはその卓越した霊能力で、懐疑論者であったリシェ博士（＊フランスの科学者でノーベル生理学賞受賞）に心霊現象の事実を認めさせることになった本物の“物理霊媒”でした。しかしこのパラディーノは、しばしばペテンを働くことでも知られていました。そこでホジソンに検証の依頼がなされ、彼は厳格な調査によって、パラディーノを“ペテン師”と断定したのです。

ところがこの結論をめぐって、スピリチュアリズムの内部で議論が巻き起こりました。マイヤースとロッジは、「パラディーノによる過去の現象のすべてがペテンとは言えない」と主張し、ホジソンの見解に反論しました。マイヤースとロッジは、彼らの面前でパラディーノが現出させた生々しい心霊現象の真実性を確信していたのです。パラディーノがさまざまなトリックを用いて詐欺を働く事実を認めながらも、同時に真実の霊能力の持ち主であることを固く信じていたのです。