【コラム】霊能者の“ウソ”の特殊なケース

スピリチュアリズムの出発点となった「フォックス家事件（ハイズビル心霊現象事件）」については、すでに何度も述べてきましたし、また他でもしばしば取り上げられていますので、ここでは詳しい説明は省略します。当時「フォックス家事件」を好意的に受け止めた人は、それほど多くいたわけではありません。批判者や懐疑論者の方が、ずっと多かったのです。

そうした中で事件に疑問を抱く人々によって調査委員会が発足し、徹底した調査が開始されることになりました。２人の姉妹は厳重に監視され、足指の関節を用いたインチキを防ぐためにクッションの上に立たされ、またひざを使って音を出すことができないように足を紐で縛るといった厳格な条件下で調査が行われました。その結果、ペテンや詐欺の疑いは認められないどころか、姉妹の身体とは別の所（空中）で相変わらず“ラップ音”が鳴り続けたのです。

姉妹の評判は、ますます高まりました。やがて２人とは歳の離れた（20歳以上も年上の）長姉のリーが、職業霊媒として活動することになりました。２人の姉妹（マーガレットとケイト）は、リーのもとで公開デモンストレーションを次々と行っていきました。こうした動きと並行するかのように米国内では姉妹と同様の霊媒が数多く出現し、各地で交霊会が開かれるようになっていきました。

やがて２人の姉妹は、反対派の非難やひっきりなしのデモンストレーションによって疲弊状態に追い込まれていきました。そして３人の姉妹の仲は険悪になり、マーガレットとケイトは、長姉のリーに対してひどい憎しみの感情を抱くようになっていきました。３人の姉妹はそれぞれ結婚しましたが、幸福な家庭生活に恵まれないこともあってアルコールにおぼれるようになり、特にマーガレットはアルコール中毒になってしまいました。

そうした中で1888年、フォックス家事件以来40年がたったとき、マーガレットはニューヨーク・ワールド紙に「交霊会は、すべてインチキ・イカサマだった」との告白記事を公表することになりました。マーガレットはこの記事によって長姉に対する復讐を目論んだのです。しかしマーガレットは、その１年後に前言を180度翻し――「あの告白は反対派から買収されてやってしまった」との再度の告白をします。そして姉妹（マーガレットとケイト）は再び霊媒の仕事を開始しましたが、自ら“霊媒”を詐欺呼ばわりした失敗は、もはや挽回することはできませんでした。それから数年を経て３人の姉妹は、孤独の中で次々と他界することになりました。

1888年10月21日、フォックス姉妹のマーガレットは“ニューヨーク・ワールド”紙に告白記事を公表しましたが、以下はその記事の内容です。（＊安斎育郎著『だからあなたは騙される』角川oneテーマ21からの引用）

「降神術（※交霊術）の真相を暴露することは、私（※マーガレット）の義務であり、神の教えに添うことであり、聖なる使命であると考えましたので、告白に踏み切った次第です。私は降神術がこの世から消える日の来ることを念願するものであります。私がこうした行動に出たことで、他の多くの職業的降神術者（※交霊術者）たちは大きな打撃を受けるに違いありません。しかし降神術の開祖は私ですから、それを暴露するのは私の自由であると思います。

この恐ろしいペテンが始まったとき、私は８歳で妹のケティ（※ケイト）より１歳半年上でしたが、生来私たちは大変いたずらっ児でしたから、母をびっくりさせてやろうといろいろな方法を二人で考えていました。母は大変お人好しでしたので、ちょっとしたことにもびっくりするのです。そこで私たちは、夜ベッドに入ると、リンゴに紐（ひも）をつけて脇に垂らし、ベッドの中から紐を引いたのです。リンゴは床にあたって奇妙な音をたてました。母はしばらくの間は聞き耳を立てていましたが、私たちは幼かったので、そんなに悪いことをしているとは考えつきませんでした。

母はとうとう我慢ができなくなって村の人たちを呼んで、この奇妙な音を聞いてもらうようになったのです。そこで私たちは、あの闇にひびく不気味な太鼓のような音を出す別の方法を考えなければならなくなったのです。というのは、私たちを見に来る人の数はだんだん多くなり、それらの人たちが目を皿のようにして見守る中で、リンゴのトリック程度では最早、通用しなくなったからです。そこで私たちは、ベッドに入って部屋の明かりをすっかり消さなければ、音を出さないことにしました。それでも見破られる危険がせまってきたので、こんどは片手でベッドの枠を叩く方法に切り換えました。これらの演出は、全部、長姉のアンダーヒル夫人（※23歳年上のリー）が取り仕切っていました。私はそうして次第に有名になってまいりましたので、この姉に連れられて、活動の舞台をロチェスター市に移しました。

そこにいる間に、ケティが鼓音を出す新しい方法を発見したのです。それは、手を振っても足を振っても、指の関節が音を出す方法でした。けれども、それをたやすくしかも効果的にできるようになるまで、私たちは暗い部屋の中で猛練習を続けました。足を振って鼓音を出すには、膝から下の筋肉をコントロールすることができるようになれば簡単です。この場合、足の指の骨とくるぶしの骨が音を出すのですが、このことは誰にも知られませんでした。けれども、そのような筋肉のコントロールは、幼いときに始めて、長い訓練を継続して初めてできることです。筋肉は年とともに柔軟さを失うものです。私は当時12歳になっていたので、この練習には少し歳をとりすぎていたようです。

ロチェスター市で、アンダーヒル夫人（※長姉リー）は、エキジビションを催しました。遠い地方からも大勢の人々が群れをなすように集まりました。夫人の手には一晩で150ドルもの大金が入りました。集まった人たちの質問には、すべて答えが出されました。それは『イエス』か『ノー』の二つだけですが、それは鼓音によって答えられたことは申すまでもありません。その答えはすべて夫人からの合図によって選ばれたのでした。

1848年のデビュー以来今日に至るまで、私たちのインチキ方法を臭いと思った人はほとんどいませんでした。それでも中には、私たちが本当の霊媒なのか、それともインチキなのかと疑った人たちもいました。そのためにたびたび試験のようなことをされました。ペンシルバニア大学のセイバード委員会における実験、ハーバード大学の教授たちを前にした実験などはそれでしたが、私たちは最後まで尻尾（しっぽ）を出しませんでした。

私（※マーガレット）も妹（※ケイト）も、霊魂の働きなど考えたこともありません。霊魂が肉体から離れて、またこの世に戻るなどということは信じられません。しかし、それを真実できるものと信じきっている人は、世の中にたくさんいます。そこで私は、そういう実例をこの目で見たいと思って、他の霊媒たちを観察したり、私自身も霊魂の便りを聞きたいと思っていろいろやってみましたが、結局そんなことは不可能であると確信するに至りました。私がケイン博士と結婚してから、博士は降神術（※交霊術）を忘れるように求めました。けれども、博士の死後、私は暮らしのためにそれを続けました。私の不運の原因は、『私の姉にある』と断言することができます。

私がこの度の暴露に踏み切ったのは、カトリック教会の勧告によるものではありません。私自身の決断によるものです。降神術（※交霊術）は一種の手品です。ただし上達するには並々ならぬ努力が必要です。私が多くの人たちに害毒を及ぼしたほどの腕を磨くためには、幼いときからの練習を続けることが必要だったのです。このインチキを最初に考え出し、最も大きな成功をおさめた私の告白によって、これ以上、降神術者（※交霊術者）が増えることを食い止められることを確信します。私の告白文は、降神術なるものはすべて詐欺であり、偽善であり、妄想以外の何物でもないことを証明するものと信ずるものであります。

署名　マーガレット・フォックス・ケイン」

以上が1888年10月21日の新聞に掲載されたマーガレットの告白記事の内容です。このマーガレットの告白記事が掲載された日の夜、ニューヨークのアカデミー・オブ・ミュージックで、反対派主催のマーガレット自身による「種明かしの会」が開かれました。

マーガレットはその会場で、靴を脱ぎ、右足をテーブルの上に乗せ、聴衆がシーンと静まり返る中で数回、音を鳴らしました。聴衆の中から選ばれた３人の医師がステージに上ってマーガレットの足を調べ、音は足指の第一関節の働きによって発生したと証言しました。

以上のようなマーガレットの告白ならびにその夜の「種明かしの会」における結果を聞くと、そのあまりのリアルさに、これは本当のことではないかと思ってしまう方もいらっしゃることでしょう。それほど告白内容は、具体的であり、詳細であり、真実性に満ちているように映ります。しかし実際にはこの告白は、肝心な点・最も本質的な部分が、すべてウソ・作り話であったのです。

ここまで詳細に経緯を述べながら、その１年後にマーガレットは、この告白を翻します。反対者にそそのかされて“ウソの告白”をしたことを暴露しました。そしてマーガレットは、ウソの告白の中で交霊術を徹底してインチキ・ペテン呼ばわりしていたにもかかわらず、再び霊媒の仕事を始めるようになります。その事実は、彼女が交霊術をペテンとは思っていなかったことを示しています。

マーガレットが“ニセの告白”をするに至った背後には、反対派によるすさまじい裏工作がありました。この告白文の中には、長年つもり積もった長姉リーに対するマーガレットとケイトの激しい憎しみがよく表れています。こうしたリーに対する個人的復讐心に、反対派が付け入ったのです。この告白文が用意周到に準備されたものであることが、文面の至るところからうかがえます。おそらくマーガレットの話を題材にして、第三者（反対者や教会関係者）がつくり上げたものでしょう。

スピリチュアリズムへの批判者は、マーガレットの“ウソの告白”を持ち出して「スピリチュアリズムはニセモノである」と主張します。しかしマーガレットの告白は、彼女の本心から出たものではなく、反対派が姉妹たちの弱みに付け込んで買収した結果、引き起こされたものだったのです。ウソの告白の１年後に、マーガレットとケイトは前言を翻して「自分たちは反対派から買収されてウソの告白をした」との再告白をしています。そしてその後、姉妹は再び霊媒としての仕事を始めています。こうした重要な内容を取り上げずに、仕組まれた最初のウソの告白だけを持ち出してスピリチュアリズムを“ニセモノ・インチキ”と決めつけるのは、きわめて卑劣な行為です。

そもそも「フォックス家事件」がスピリチュアリズムの出発点とされるのは、“ラップ音”という素朴な心霊現象を通して、霊界にいる霊と地上人との間に通信が成立し、その通信の信憑性が物証（歯・毛髪・ブリキ箱など）によって明らかにされたからです。後になってフォックス姉妹がどのようなウソの告白をしようが、事件が発生した時点においてその真実性の根拠は、はっきりと示されているのです。こうした肝心な点について何ひとつ言及せずにスピリチュアリズムをインチキ呼ばわりするのは、あまりにも幼稚で卑怯なやり方です。反対者の中には、「死者に関する情報が姉妹にこっそり伝わっていた」とか、「死者が壁に埋め込まれていたことを姉妹が推測していた」といった、こじつけとしか言いようのない理由を挙げて、どこまでも霊からの通信の可能性を否定しようとする者もいます。

しかし誰が聞いても、その説明に説得力はありません。「霊だけが知り得る情報を、霊が心霊現象を通して伝えてきた」と考える方が、よほど論理的です。何よりもそうした死者からの通信によって、地上人が全く知らない事実が明らかにされるといった話は、数えきれないほど存在しているのです。霊からの通信の正当性の証明という出来事は、何もフォックス家事件に限っての特殊なケースではありません。それは何百、何千という現実の出来事の中の一つにすぎないのです。何百、何千というケースをすべて否定したりインチキ扱いすることの方が、矛盾しています。

では、マーガレットがフォックス家事件から40年もたって「種明かしの会」で実演した“指鳴らし”に関しては、どのように考えるべきなのでしょうか。それについて言えば――「マーガレットが指鳴らしを実演したとしても、それが過去の事件（フォックス家事件）における交霊術のインチキの証明にはならない」ということです。「種明かしの会」当日の“指鳴らし”の実態に関する情報には、信憑性がありません。それがどの程度の音であったのか、フォックス家事件と同じような大きな音であったのかどうかが問題となります。本当のラップ音は、周りを巻き込むほどの振動をともなったものでした。そのため当時の研究者は――「これほど大きな音をもし姉妹が関節を用いて発したなら、姉妹の関節はつぶれてしまっている」との結論を出しているのです。当初からずっと「関節でインチキ音を出しているのかもしれない？」という疑いが持たれており、研究者は常にその点を徹底してチェックしてきました。しかもバッファロー大学の研究者が「叩音は関節を用いて鳴らしたものである」との一方的な見解を発表したとき、姉妹はそれに対して反論をしているのです。そしてその後の厳格な公開実験においても、関節を用いることが全くできない条件下で叩音が発生した事実が確認されています。こうした経過を姉妹はよく知っていたため“ウソの告白”の後に真実を告白し、再び霊媒を始めることになったのです。

反対派が自分たちに都合のいい条件下で行った実験結果だけを持ち出し、公的な機関によって示された結論を無視するのは、あまりにも独断的で卑劣な態度です。マーガレットの「当時の研究者にトリックは見破られなかった」という言葉も、反対派にそそのかされてついた“ウソ”だったのです。